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中国建国70周年及マカオ返還20周年書画展 出展しました!

 上海師範大学の美術学院張信教授(昨年退官)に2012年から師事し、マカオの書画協会長ともご縁をいただきました。

 彼女から昨年末「マカオの中国返還20周年記念書画展を企画しているのですが、出展してもらえますか?」という依頼をいただきました。

 内容は「祝賀」イメージでということでしたので、中国には無い日本の「メタリック書道液(呉竹)」の金色を使って「輝」を書かせていただきました。この墨液は上海の張先生に差し上げて「中国には無い!」と大変珍しがっていただいたものです。

 10月25日の式典では「リボンカットゲストだから着物を着てきて!」というリクエストでしたので、準備して行ってきたいと思います。

 彼女へのお土産にInstagramでご縁をいただいた福光美保さんの傘を持参いたします。
 皇室御用達(前原光栄商店)の傘に桜をデザインしていただきました。

 名前は私の書いた文字(日本では使われていない漢字なので)を書き写していただきました。
 喜んでいただけるとよいのですが・・・

 帰国後、福山市長にもご報告の予定です。
 個人でも書の原点である中国との国際交流のお役に立てれば幸いです。
(珍道中?の様子はブログで報告いたします)
 帰国後の報告をお楽しみに(@^^)/~~~

2018-04-12 | ブログ, ブログ記事

本物に出会う

昨年3月18日、父を家で看取った。桜はみることが難しいだろうと、桜盆栽を買ったが、花を見ることはできなかった。

 

「私はこんなに父を好きだっただろうか?」と自分でも驚くほど、父の最期をみとるまでの日々がこの一年頭から離れなかった。

 

一年桜だという盆栽に小さいけれど今年も花が咲いた。最近インスタグラムで知り合った「真右衛門窯」のぐい飲みを買った。一目ぼれの衝動買いだったが、手のひらに収まる感覚も、深みのある色合いも素敵だった。

 

父と二人でささやかな花見をした。毎晩晩酌を欠かしたことのない父だった。私は父に似ているのだろう。肝硬変になっても一人で飲んで寝る習慣は変わらない。飲めるうちは大丈夫だと、長く病気と付き合ってると自己診断できるようになる。

 

父は家で最期を迎えることを望み、私は私のできる限りのことをしたつもりだが人の最期をみとるということは、家族には惨いことでもある。ただ家で看取ることを決めて父に伝えたとき「お前のおかげでわしの人生は幸せだった」といってくれた。その言葉だけが寂しさを癒してくれた。

 

人は生き様を選べるが、死にざまを選べる人がどれほどいるだろうか?最期を迎える日まで、意味のある毎日を過ごしたいと思いながら「字を書く、絵を描く」ことを心掛けるようになって、それまでの私の作品と少し変わってきたようにも思える。

 

喜んでいただけるものを作りたいという思いが伝わる作品に出合えると嬉しいものだ。私もそうありたいと父に伝えた・・・

2018-04-10 | ブログ, ブログ記事

教え子に色紙を書いた!

30年前、私は夜間定時制高校の教員をしていた。その時の、卒業生が居酒屋を開き「七周年記念」の案内はがきをくれた。

当時はいろんな事情で、夜間定時制に来る生徒がいた。彼はそんな中で15歳で飲食店で働きながら4年で卒業した。卒業の時「池尻さん、俺、絶対自分の店を持つからね!」といい、実現させたときは祝いに行った。ただ、飲食店を維持していくことは私の街では大変なことだとわかっていた私は、内心(大丈夫かなあ?)と心配していたのも事実だ。

7年続けるということは、私の街では(つぶれない店)の認定をえるようなものだ。よく頑張ったと思う。挨拶状に添えられた彼の句を色紙にすることくらいが、今の私の気持ちの表し方として一番よいと思って書いてみた。

 

どう書こうか?と迷ったが、まだまだこれからなので(未完成!)の気持ちを表したくて、未完成の感じで書こうと思った結果がこれだ!

 

 

 

 

持参したとき彼も彼の奥さんもとても喜んでくれた。私にできることで、人が喜んでくれることが、今の私の一番の喜びだ!この道に進んでよかったと思える一瞬だった!(^^)!

2018-03-27 | ブログ, ブログ記事

中国と日本の書道指導方法の違い

福山大学講師学院設立10周年記念行事の一つとして、上海師範大学張信教授による講座が設けられた。「中国と日本の書道指導方法の違い」について実技を交えて話された。

張先生は東京で10年書道を学ばれた時期があるので、日本語で講座をされ、日本の書道指導について、理解されている。「日本の書道は習字であり、中国の書道は書法です」といわれた。

大学などで専門に学ぶ以外は、日本ではほとんど「書道教室」に通って書道を学ぶ場合が多い。そして日本に数ある書道会の中で師範となり指導者になる。よって指導者の実力に差があるのが事実であり、そこの会の「手本」を書き写す。日本の書道は「習字」なのである。

中国では手本は古典である。小学生であってもひたすら古典の臨書をして書を学ぶ。書法を学ぶのである。だからどの指導者についても、どんな書体を多く学ぶかという違いはあれ、日本のように指導者によって文字が違うような差はないのである。

作品作りでは、古典の臨書を基本とした中国のものは「味がない」「印刷のよう」という感想を持つ人もいるが、「美しい」と表現をする人もいる。一番美しいとされる古典の臨書を繰り返してきたからだろう。

日本でも臨書の大切さを口にする指導者は多いが、それぞれの古典の特徴まで指導してくれる人は少ない。私が初めて臨書作品を書くとき、当時の先生に言われたのは「本屋さんにいって、法帖をみて、自分の好きなものを選びなさい!」と言われた。二玄社の中国書法選の本棚の前に座り込んで時間を忘れて端から本を開いた。

意味など分からないのだが、それぞれの書体の特徴の違いを眺めながら「かっこいい」「こんな字を書きたい!」と直感で選んだのが顔真卿「多宝塔碑」だった。

夢中になって書き写しながら、それまで自分の楷書がどうして上手にならなかったのか?わかってきた。書法を意識していなかったのだ。手本を写すことは上手になっても、点画の筆の運びを理解できていなかったことに気付かされた。

書道をやっている皆さん!初心者でも経験の長い人でも、一度何か一つお気に入りの古典を見つけて臨書をしてみませんか?きっともう一段ランクアップしますよ!(^^)!

2018-03-25 | ブログ, ブログ記事

書道用下敷き「こめじくん」

日本で使われている罫線入り書道用下敷きは、縦横罫線の入ったものです。中国では斜線罫線が加わったものです。理由は、書道に重要視される45度という角度が斜線によってわかりやすいこと。そして、斜線罫線が加わることで長短の比較もできることです。

初めて上海でこの罫線を見たとき「どうして日本になかったんだろう?」と不思議に思ったほどでした。実際、使用してみると自分が書きやすいだけではなく、指導するときも理解してもらいやすいことに気付いたのです。

「こめじくん」として細字用半紙にも印刷しましたが、下敷きについては今まで縦横罫線を作っておられた会社にお願いしました。書道人口が増えることが、書道用下敷きを作り続けてきた会社にも喜んでいただけることにつながればと思ったのです。

「同じ値段ならどっちを使う?」左払いの角度が定まらない!文字のバランスがとりにくい!など、お悩みの方は一度試してみていただけませんか?

まとめ買いをしていただける場合は、リンク先の「門田商事」へご連絡いただければ割引もご相談させていただきます。

2018-03-18 | ブログ, ブログ記事

書は人を表すのか?

昨年3月18日、最期を家で迎えたいという父の希望を叶えるため、24時間往診専門医と訪問看護師さんたちに支えられて、父は家で息を引き取った。父の葬儀を終えて、5月5日の四十九日までに「南無阿弥陀仏」の掛け軸を用意するため、葬儀後、すぐにとりかかった。

父が息を引き取るのに立ち会うまでの日々は、極限まで自分を追い詰める日々でもあった。その後のさまざまな手続きをしながら、「四十九日までは」と張りつめていたように思う。そんな気持ちを抱えながらこの字を書いた。なぜか「強くかかなくては・・」と思っていたように思う。自分の寂しさや悲しさを隠すように・・

そして出来上がったこの軸を見たとき「なんて寂しい・・」と愕然とした。あれだけ頑張ったのに、頑張ったつもりだったのに・・どうしてこんなに寂しい字なんだろう!と涙が出た。

書は人を表すのか?と聞かれることがあるけれど、私にはわからない。ただ、書いた人の気持ちが書に表れるということだけは確かだと思う。この掛け軸は、今日までずっと掛けていた。一周忌を迎えて「あの時は確かに悲しくて心細かった」という自分をやっと認めることができるようになった。

明日は別の軸を掛けよう。とりあえず父が生きていたころのものをかけ、また私が書きたいと思ったものを書いて飾ろう。父の大好きなこの家の床の間に・・

2018-03-18 | ブログ, ブログ記事

福山大学講師学院設立10周年記念書画展

日本の書展の多くは、指導者の書風を反映したものが多く、会場は似たような作品が多い。今回の上海からの書道作品は、古典の臨書から始まっているため、書体が様々で多くの人が自分の気になる作品の前で足を止められていた。
また、水墨画でも中国画は日本の写術的な要素よりも「写意」に重きを置いたものが多く、私の水墨画の師である張治清先生は言う。「池尻さん、葉っぱの枚数数えなくていいですよ!」と。
日本の写真を写したような水墨画も素敵だが、私には中国画が性に合ってる。背景や余白をどうするか?自分で考えることができる時間が楽しい。今回は「人物」の水墨画を出品させていただいた(水墨画作品にアップしています)

書も絵も、日本ではあまり見られない書画展になり、1週間で800人近くの人に入場いただいたことは、これからの励みとなった。

2018-03-01 | ブログ記事

「STOREHOUSE」掲載記事

【59歳で書家になった伯母】

「ここが私の書道部屋」

そう言って通されたのは、伯母が祖母と住む日本家屋の一室。ほのかな墨の香りに懐かしさを感じた。物心ついた時から“先生”というイメージであった伯母。定時制高校や特別支援学校に教員として勤めた。

「麦茶どうぞ」

よく学校でのさまざまな体験や生徒たちの話を聞かせてくれていた。そんな伯母が「書家」になったと聞いたのは2年前のことだ。書家の定義とは【中国古来からの云われ】――「漢詩が詠(よ)める」「書が書ける」「画(え)が描ける」「印が彫れる」こと。現在は本場中国でも日本でも、それぞれ分業になってきたようだ。伯母は、そのすべてを日々取り組んでいる。壁にかかった「没作品」という楷書が400字ほど書かれた作品について、こう説明してくれた。

「これは4時間くらい。書き始めたらご飯も忘れて書くよ。途中で止めたら墨の濃さ字も変わるしね」

「3年間、2ケ月に一度の上海通い」

伯母は全力で33年間教員を続け、身体を壊した。昔から何事にもまっすぐ向き合い、はっきりとものを言うタイプだ。安静を求められる中、時間を無駄にしたくないとカルチャースクールのチラシを見て、通い始めたのが田中蘆雪先生の書道教室だった。この出会いを皮切りに、伯母の運命は変わっていった。書に関心を抱きつつも、体は教職に復帰することが難しいまでに悲鳴を上げていた。

教員退職の前月、福山大学福山孔子学院で行われた2日間の水墨画講座を受けた。このとき蘆雪先生を交えて講師であった上海師範大学の張信教授に出会った。

「上海の書道界トップである張先生に『よければ私のところに勉強に来ませんか?』と言ってもらって。作品を評価されたというより、相性が合うと感じてくれたみたいじゃね。退職のタイミングでもあったし、その場で『行きます』って返事したんよ。今思えば無謀だったね(笑)」

2ヶ月に一度のペースで上海に通い、張教授からマンツーマンのレッスンを受けたのだという。話せなかった中国語も必死で勉強した。それから3年間が過ぎ、ようやく師範となる許可を得て、書家「池尻琇香」が誕生したというわけだ。59歳だった。

「商売には向いとらんのんよ」

晴れて書家になった伯母は、張信教授の編集した中国の小学生書道教科書を、著作権契約を結び日本人向けに出版した。筆先の運び方が分かりやすく記され、日本にはこれまでなかった「米字枠」【縦横の垂線中央を通る45度の斜線を2本加えた練習枠】は、角度や長さの目安となり文字のバランスが取りやすいのが特徴だ。「せめてのし袋や自分の住所・名前を小筆できれいに書きたい!」という大人たちの意見も多く、独学の参考になるものを作りたかったという。

また、「小学校の書道授業指導で、書道経験のある教員は少ないの。だから、この本を小学校の先生たちの研修で使ってほしいと思ってるんよ」と、教育への思いは違った形で残り続けている。

張教授の指導は一区切りついたが、上海の国際書道コンクールへ日本人学生の出品依頼を受けるなど、中国と福山市との橋渡し役も担う。体を壊し、職を退いたとは思えないほど精力的に活動する伯母は、「作品を売るよりも、『自分の家のここに、こんな文字を飾りたい』と依頼してくれる方のために、書きたいと思ってるんよ。原価や労力をお金に置き換えるのが下手!商売には向いとらんのんよ」と笑う。

これは便利!~中国の辞典アプリ

   書法辞典

   書法辞典

2016年9月、上海に行ったとき張先生に教えてもらったこのアプリは実に便利である。

 私が隷書の臨書で初めて書いたのは「張遷碑」である。張先生に「初めて隷書を学ぶならば基本の筆の使い方がはっきりとしていてわかりやすいから・・」と勧められた。
 隷書体はそれまでも部分的に日本で月例の課題として書いてはいたものの、よくわからなかった。先生に教えてもらってもそのように筆は動かない。何が違うのかもわからなかった。

 「日本人が一番苦手なのが隷書」と10年東京で書道に携わっていた張先生はいう。
 目の前で書かれる先生の筆の動きは、それまでの私が知っていたものと全く別のものだった。
 そしてもう一つ張先生が指摘したことは、「日本人は隷書の基本をわかっている人が少なく、誤字が多い」ということだ。

 ほとんどの日本人は臨書をするとき、書道出版社の拓本の写真を見て練習をする。一文字ずつ字典を引く人は少ないだろう。拓本にある白い部分が欠けたものなのか、印刷の不明瞭さを適当に解釈してしまうことが多い。私も確かめようと「隷書辞典」を引いたこともあるが、そこにも不明瞭なままの印刷文字しかなかった。

「曹全碑」の臨書を書いて上海にメールで送ると、張先生の返事は「あなたは正しい解釈をしていない」と返ってきた。しかし私には何が間違っているのかさえわからなかった。
解釈については別の機会にするが、まず「誤字」を書かないことが大前提である。そのために先生が教えてくれたのがこのアプリ!

書法辞典 http://www.shibeixuan.com/

中国語で書かれてはいるけれど「書体」と調べたい文字を一文字入れて「査字典」を押すだけで、同じ文字で同じ字体なのに、いろいろな人の書いた文字を鮮明に見ることができる。
拓本でははっきりわからなかった部分がわかるのである。「目から鱗」の気分だった!
もっと早く知りたかった・・・(^_^;)

 日本の著名な先生が上野の美術館で行われている臨書展を見に行かれた感想を読んだことがある。「かなり書歴も長く多くの弟子を持っている人でも誤字を書いている。もっと辞典を引くべきだ」と。
 日本にある辞典を引いても分からなかったことが、このアプリで解決したことは本当に嬉しかったし、多くの人に使って欲しい。
 またこれは臨書だけでなく、日本ではあまり聞いたことのない(私だけかもしれないが)人の文字もある。初めて見た行書の崩し方など、創作をするときの参考になると思うので是非とも活用していただきたいm(_ _)m

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